2009 01/14
- 猪木武徳氏の講演
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12日、福澤武さんの講演に続き、国際日本文化研究センター所長の猪木武徳氏による「福澤諭吉の公共性の哲学」と題する講演がありました。こちらも引き続き300名余りの方が、熱心に聴講されました。猪木氏は、福澤の著作中に見られる「智」(インテレクト)と「徳」(モラル)についての考え方が、それぞれ私と公に分かれること、つまり私の智と公の智、私の徳と公の徳に分類できることを指摘、当時の日本の状況にてらして、福澤が徳より智、私徳より公徳、私智より公智、という順序づけをしていたと論じられました。
こう書くと、何か福澤が、滅私奉公、尽忠報国というような、私よりも国を優先する論理を主張したように聞こえるかもしれませんが、ここにいう福澤の「公」は、自分とは別のところにある「お上(かみ)」というような日本の伝統的な「公」ではなく、「私」が身を置く「公」、すなわちパブリックであることに注意が必要です。
福澤は、それまでの日本史は、人々が「公」に絡め取られるという歴史であったと見つつ、一方でこれからの時代、平等ということが徹底していくと、「私」一辺倒の時代になってしまう予感もあったのではないか、と猪木氏は最後に指摘されました。「公」と「私」のバランスについての福澤の思索がうかがわれる、大変興味深い講演でした。
この講演の中では、福澤の「瘠我慢の説」が話題となりました。勝海舟・榎本武揚の維新前後の身の処し方を批判したこの書は、長く公にされませんでしたが、福澤は何人かにそれを示して、意見を求めています。その一人は旧幕臣で、維新後隠棲した栗本鋤雲(くりもとじょうん)という人物です。福澤が送った写本に、栗本は大感激し、傍点を打ったり、「名言不磨」などと書き込みながら読み進めました。展覧会にはその栗本の書き込みのある写本が展示されます(タイトルや末尾の日付などは福澤自筆)。
その隣には、「瘠我慢の説」を送ったことに対して勝海舟が福澤に書き送った書簡があります。「行蔵(こうぞう)は我に存す、毀誉は他人の主張」という有名な一節がある書簡で、出処進退は自分が決めることで、それについての評価に自分は関知しない、という意味。福田康夫前総理は、座右の銘としてこの「行蔵は我に存す…」を挙げていたように記憶しますので、御存知の方も多いかと思います。
福澤と勝については、とかく色々なことがいわれ、世に勝派と福澤派を生みますが、ご関心のある方は「瘠我慢の説」と勝書簡を是非ご注視下さい。

