2009 04/ 1
- 福岡だけの特別出品情報
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福岡での福澤諭吉展では、九州方面に関係の深い資料が充実します。特別出品コーナーの概略を簡単にご紹介しましょう。
明治34年(1901)に福澤が亡くなったとき、日本中・世界各地から弔電や弔辞が無数に届きました。その中には、もちろん九州から届いたものも多くあります。山口、福岡、沖縄、韓国などから届いたものを選んで、福澤の死がどのように伝わり、受領されたかを展示します。画像は今回展示するものではありませんが、福澤研究センターに残されている弔電の一枚です。電報だけで数百枚が残っています。
○福澤諭吉の学問系譜と九州
福澤が最初に学問に接したのは九州でした。福澤につながる漢学の学問系譜や、最初に蘭学に出会った長崎にまつわる資料などを展示します。以前、金印との関係でご紹介した亀井父子に関する資料も展示予定です。
「天は人の上に…」の書き出しで有名な『学問のすゝめ』は、最初、故郷の人々のために書かれたものでした。大ベストセラーになったこの書が執筆されたいきさつや、カタカナ・ひらがな・活字版など様々なバージョンの同書の版本や版木を一堂に集めます。画像は、明治6年に出たカタカナ版の版木です。
○西郷隆盛と福澤諭吉
明治維新三傑の一人、西郷と福澤は、深く尊敬しあっていたといわれます。福澤の著作を読んだ西郷は「目が覚めた」と手紙に書き、薩摩の子弟の慶應義塾入学を奨励したといわれています。西南戦争で明治政府の専制に反旗を翻した西郷を福澤は擁護し、政府に建白書を出すなどの運動もしています。余り知られていない西郷と福澤の関係を示す様々な資料を展示します。
そのほか、佐賀出身の大隈重信との友情を示す資料、若くして亡くなったため3点ほどしか現存しない、福澤のお兄さんの筆跡など、通好みの面白い資料も出ます。
ご覧頂く前に、『福翁自伝』(あるいは子供向けの福澤の伝記などでも構いません)などをざっと読んで頂けると、よりお楽しみ頂けると思います。福澤の自伝は、前半生の比重が非常に重く、我々がいま読んでもおもしろおかしく読みやすい言葉で書かれていますから、オススメです。



